西洋占星術から観る憲法改正


前回までは気学の立場からお話して来ましたが、今回は一応、西洋占星術の立場からもお話しておこうと思います。

憲法改正を推し進める人達の中には、大日本帝国憲法(明治憲法)の復活を求める一派も存在するようです。(特に安倍総理の戦後レジームからの脱却という主張に、賛同するグループの中に多いようですが。)

しかし占星術の立場から言えば、(今回の連載中、度々触れてきているように)この明治憲法制定時の星の定めによって、その後の日本の未来が運命付けられていたわけです。

そして、その結果が太平洋戦争での広島・長崎の原爆投下と敗戦→占領地になる、という運命に導かれた・・・ということになるわけです。

ですから、明治憲法に戻すということは、日本国及び日本国民をもう一度焦土の地獄(必ずしも戦争とは限らない)に陥れ、再び主権を失うという事態に導くことになりかねないということで、占星術の観点からは明治憲法復活を支持するわけには行きません。

これは一旦明治憲法に戻してから、改めて憲法改正の手順を取ったとしても同じです。

何故なら、現行の日本国憲法は明治憲法を下敷きに、条文の内容を民主的な内容に書き換えられたもの。例えて言うならば、中身が変わっただけで、器は変わっていないのです。

表面的には独立国の体裁を保ちつつも、その実(水面下では)占領地的性質から抜け出せないのは、もしかしたら、こうした現行憲法の成り立ちが影響しているのかもしれません。

また保守・・・中でも国防の意識が強い最右翼と言われるタカ派の主張が、時として外交上・国防上の危機をもたらす結果に繋がり易い(安倍総理就任後の靖国参拝などが典型)のも、明治憲法を下敷きに持つ現行憲法の影響なのかもしれません。

事実、ホロスコープを見ると明治憲法と現行憲法は親子の関係にあります。

そして表層の問題は現行憲法で示される運勢に表れ、深層の問題は明治憲法で示される運勢に表れる事が多いと語る占星学者のかたも多いのです。

実はこれ、言い方を変えれば日本は本音と建前を使い分けている国、二律背反がまかり通っている国、という事も出来るわけです。

そうした悪影響の数々を排除したいのなら、憲法改正では無く、まして明治憲法の復活でも無い、新憲法制定でなければ意味がないということになります。

いきなり新憲法制定と言うわけに行かないにしても、現実逃避的な復古主義などに踊らされ、ネガティヴな理由や動機付けで、安易な憲法改正をするべきではないと言えます。

憲法改正を推し進めようとしている人たちは、安易な気持ちでやっているわけでは無いと反論するかも知れません。

けれども、ネガティヴな動機・心理状態で事を起こせば、ネガティヴな結果を招き寄せます。

事を急いて、国民に不安を与えるようなやり方は感心しませんね。

国民を欺いたり、国民の合意形成が無い状態で騙し討ちのようなやり方をする政権・政党に、憲法改正や新憲法制定の信任は出来ません。

参院選の時も、与党は憲法改正については封印したかの様な選挙戦で、憲法改正の発議ができる議席数を確保出来たとなったら、急に憲法改正について動き出した・・・これも騙し討ちでしょう。


日本の土着宗教である神道の主神は「天照大御神」であらせられますが、改めて言うまでも無く、天照大御神は太陽の神様です。

太陽は何人(なにびと)にも公平にその恩恵をもたらします。良きことも悪しきことも公平に、その陽光によってこの世に映し出されます。(占星術で言うところの顕現・露見の作用。)

そして天照大御神自身は、何人も裁きはしませんが、良き事が露見した者には良き報いを、悪しき事が露見した者には悪しき報いが、自然の摂理によってもたらされるわけです。

ですから、憲法改正の為に小賢しい駆け引きを用いるのは、太陽神に護られているこの日本と言う国の在り方としては相応しくありませんね。


「天の岩戸」の神話を、思い出してください。天照大御神は何故岩戸にお隠れになられたのか?

弟の須佐之男命が数々の暴挙を働き、果ては天照大御神が神様の衣を織る機屋に馬を投げ込み、天の服織女の1人に梭(ひ)が刺さって死んでしまった(古事記より。日本書紀では大御神の分身が死んだとか、大御神自身が怪我をしたなどの記述もある様です。)為に、大御神はお隠れになられたのですよね?


今年日本で開催された先進国首脳会議(サミット)の舞台は伊勢志摩でした。各国首脳も伊勢神宮を訪れました。

伊勢神宮に祀られている最も重要な神様が、天照大御神ですよね。


天照大御神を悲しませ、再び岩戸に追いやってしまわぬよう、憲法改正や新憲法制定はあくまでも公明正大に、国民の合意形成の上に成り立った、日本国と日本国民の未来を幸福に導くものであるべきだと思いませんか。